著者、板越ジョージからのコメント

米同時多発テロ、人生最大の危機、そして新たな挑戦 「成功とは成功するまで続けることである」とは、ある故人の言葉だ。
諦めない限り、終わらない。諦めない限りチャンスは何度でもある。

私は今、再び「勝ちに行く」。
    
2002年9月1日。米国での同時多発テロで、私を取り巻く環境は180度変わった。
アメリカでの15年の生活が煙の中に消えていった。

「俺は終わったな・・」。マンハッタンから川を隔てたニュージャージーの自宅ベランダで、崩れゆくWTCを呆然と見つめながらそう思った。

何故アメリカに行ったのか。日本で落ちこぼれの烙印を押された私にとって、アメリカはリベンジマッチの場所だった。小学生のときに両親が離婚し、父親と暮らす家では毎日借金取りに脅された。中学校では先生に厄介者扱いされ、一発逆転を狙って猛勉強の末に挑んだ大学受験も失敗。20歳で人生の岐路に立たされた。このまま落ちこぼれとして日本で生活するか、見知らぬ土地で新しい人生を切り開くか。私は負けたくなかった。自分にも、世間にも。バイク便のアルバイトで貯めた100万円を手にアメリカの大学に入学。26歳で独立を果たし、日本人向けの情報誌やガイドブックを次々に編集していった。NY進出を狙う日本企業や、日本市場に感心をもつアメリカ企業から相談を受けることも多くなっていった。自分の努力で自分の世界を切り開いているという実感がなによりうれしかった。そんな矢先のテロだった。日本人はいち早くNYを離れるだろう。情報誌もガイドブックも当分の間、需要は戻らない。日本とアメリカの橋渡し役を自負してきたが、WTCの崩壊とともにお役ご免と印籠を渡されたような想いがした。

テロが起こった翌日、私は大胆なリストラを決断し、まずはロサンゼルス事務所の閉鎖に着手した。荷物を引き上げに行くことになって、ふと思いついた。「こうなったらLAからNYまで自分1人で車を運転して、大陸を横断してやろうじゃないか」と。周りには無謀だと言われたが、アメリカでは「大陸を横断すると人生観が変わる」と言われる。私は無茶をすることで何かを変えたかった。アメリカがアフガンに空爆を始め